第7話 セピア色の想い出


「あ、和子さん、こんにちは!」
散歩中に、直也さんと仲の良いお婆さん、和子さんに会った。
「おや、由梨ちゃん。こんにちは。いつも元気だね。」
「あはは。それが取り柄ですからね。」
「今日は、直君は仕事?」
「はい。それで、一人でフラフラしてます。」
今日は画材道具持ってないから、和子さんの前で両手をブラブラしてみた。
「良かったら家に来るかい?どうせ、私もこうやって散歩するくらいしか予定ないし。」
「え?本当ですか?行ってみたいです。」
「由梨ちゃんみたいに元気で明るい子、大好きだからね。いつでも、私の孫だったらいいのに って思うわ。」
「またまた〜。褒めたって私、嬉しがるだけですよぉ?」
「思ってる事言っただけだよ。さ、立ち話も疲れるから家に行こうね。」
杖を突きながらでも、しっかりと歩く和子さんの後ろを歩くように、和子さんの家に向かった。


「はい、到着。」
「和子さんは一人で住んでるんですか?」
「そうだよ。お爺さんとはもう10年も前に生き別れしちゃったしね。さ、上がって。汚い 所だけどね。」
和子さんにうながされるように、私は、もうずっと長い事建っている木造の家に入った。
ずっと、和子さんと一緒に時間を過ごしてきたんだね。
壁に手を触れながら、心の中でそう話しかけた。
正直な意見だけど、ちょっと広すぎる感じがあって、一人暮らしには寂しい感じがした。
それでも10年近くも和子さんが生きてこれたのは、君が頑張って雨風を凌いであげてたん だよね。
手を離すと、壁から、ゆっくりしていって、と聞こえたような気がして、私は少し微笑んだ。
ありがと。和子さんが寂しくないように、何回も来るようにするね。


「お茶を入れてあげるね。ちょっと待って頂戴。」
「あ、私やりますよ。」
先をゆっくりと歩く和子さんの横を歩くように、初めて入るキッチンに来た。
「じゃあお願いしていいかな?お湯は沸かさないとないから、ちょっと時間がかかるけど。」
和子さんが、手馴れた手つきで、やかんに水を入れ、火にかけた。
私は、和子さんの指示を聞きながら、お茶の葉を用意して、お湯が沸くのを待った。
とりあえず、和子さんには椅子に座っていてもらった。
やかんを見ながら、軽く周りを見渡した。
あんまり使わなくなったのかなって思える食器や調理道具、小さな冷蔵庫。
それは、一人で立つこの広いキッチンには、寂しさを感じずにはいられなかった。
寂しいよね、やっぱ。
もしかして、直也さんが和子さんの事をよく気にかけてるのって、こういう寂しい思いをして るような気がしてるからなのかな?
「由梨ちゃん。お湯が沸いたみたいだよ。」
「あ、ゴメンなさい。ちょっとボーっとしてました。」
今度聞いてみよ。
私は、熱湯を注ぎ、和子さんのお茶から作って出した。
その後に私の分のお茶を持って、和子さんの対面の椅子に座った。


「和子さんは、息子さんとかはいるんですか?」
和子さんは、熱いであろうお茶をすすった。
「二人息子がいるよ。今も九州にいるのかどうかも分からないけどね。前、顔見たのが何年前 かな。もう顔すら思い出せないんじゃないかな。」
私は、話を聞きながら、熱くて飲めそうにないお茶に息を吹きかけて、冷ましていた。
「私にとって、子供・・・まぁ孫みたいなものだけど、それに当たるのは直君だね。あの子が 本当に私の孫だったら、それこそ溺愛だろうね。」
「そういえば、直也さんのご両親もこの島の方なんですよね?」
「そうだよ。あの子の両親も、私の息子と同じように島を出てね。」
和子さんは、未だに私が飲めてない熱いお茶をまた、すするように飲んだ。
「あの子も大変な環境だったから、せめてこの島にいる間は幸せに生きていて欲しいよ。」
私は、息を吹きかけるのをやめた。
「大変な・・・環境?」
和子さんは、少しの間、私の目を見続けた。
「・・・そうだね。やっぱりそんな簡単には話せない・・・わね。」
再びお茶を飲んだ。
「こればっかりは、本人に聞いた方がいいよ。多分、めったな事ない限り、何の事?って言う だろうけどね。・・・あの子は強い子だよ。」
「そう・・・ですか。」
私は、ようやくお茶を少し、すするように飲んだ。
まだ熱かった。
だけど、直也さんの過去の方がひっかかってて、2度目は普通に飲んでしまった。
「あつっ!・・・あはは。舌が火傷しちゃいました。」
「ごめんね。わだかまりになるような事言っちゃって。」
「あ、そんな。ただ猫舌なだけですから。」
和子さんは、ちょっと落ち込んだ顔をした。
もう・・・私、しっかりしなきゃ!
「あ。罪ほろぼしって事で、いいもの見せてあげる。」
和子さんは、杖を使わずに立ち上がり、そのまま階段を這うように上がっていった。
私も、まだ熱かったお茶を飲むのを諦めて、和子さんと2階へ上がった。


「わぁ〜。凄い!」
その、窓のないちょっと小さな部屋には、大小いくつもある本棚の中に、無数のアルバムが
所狭しと収められていた。
「お爺さんがカメラ好きでね。まだセピア色の写真から、あの人が亡くなるまでの間までに
撮り続けたものが、こんなになるまであるの。良かったら見て頂戴。」
和子さんと一緒に、いくつかのアルバムを持ち出して床に座った。
「あ、これは古い写真ですね。」
「もういつ撮ったのかは覚えてないけどね、見ると懐かしいものだよ。」
お爺さんが、しょっちゅう私を撮ってて、ちょっと気持ち悪かった、と最後に付けた。
それでも仲良さそうな夫婦でやってたことは、写真を見る和子さんの顔から分かった。
思い出か。いいな、すべてが綺麗に見える。
「まだ直君が小さな時の写真もあるはずだよ。・・・えっと、確か青色のアルバムだった けど・・・。」
青いアルバムは十数個あったけど、和子さんが手に取ったのは、他のアルバムとは違うデザイン の物だった。
「これね、直君の好きな色の青色で綴じようって決めててね。それで、ちょっと高かったけど 、他の島から取り寄せてこれを買ったのよ。あの頃から、私たちにとっての直君は特別だった のかもしれないわ。」
「何かあったんですか?」
「そうね・・・。」
和子さんがアルバムを開き、その写真一つ一つに込められた思い出を語る。
ゆっくりと語るナレーションを聞きながら、私はその中を、沢山のビジョンを飛びながら飛んで いった。
時々笑った。少し泣いた。結構感動した。だけど、ちょっと嫉妬した。
こんな人生が歩いてみたい。そう思ったから。



私は夕方になると、和子さんと別れて家に帰った。
あの家には、本当に沢山の思い出で溢れているんだ。
息子さんが外に出ていってしまっても、この島に残る理由。
あの宝物は、この島にしか生きてはいけない。
そんな気がした。
別れ際、
「また、来てもいいですか?」
「いつでもおいで。毎日暇してるわ。」
と、笑顔で送ってくれた。
和子さんを置いて生活する息子さんの気持ちは分からなかった。
私には、本当のお婆ちゃんと会ってるような感じだったのに。
・・・そういえば、直也さんは、どう見てるのかな?
和子さんの事。
そして、私の事を・・・。