第6話 彩る君の輪郭(カタチ)


「直也さん・・・。起きてる?」
ドア越しに聞こえた由梨の声で、体についていた睡魔から開放された。
昨日は全然寝付けなくて、ようやく寝付けたのが朝方だった。
それで、もう昼も過ぎるのに未だベットの上にいた。
「ん・・・。今起きた。・・・どうかした?」
固まった体を少しずつ動かしながら、少しずつはっきりとしてくる意識の中で、由梨の声を待った。
「昨日は・・・ありがとうございました。」
「そんなこと・・・。こっちこそ、信じてくれてありがとう。」
「・・・直也さん・・・。実は、まだ話してないことがあるんです。」
ベットの上で転がりながら、声の聞こえてくるドアの方へ、顔を向けた。
「ちょっと、長くなるかもしれませんが・・・、聞いて頂けますか?」
「話したい気持ちなんでしょ?いいよ。分かってあげられるか分かんないけど。」
一応近くに置いてあった私服に着替えてから、由梨を部屋の中へ招き入れた。
由梨は座布団の上で、写真でも見ているかのように、じっと座っていた。
俺は、慌てさせないように、ゆっくりと由梨の次の言葉を待った。



「ふぅ・・・。」
由梨は深呼吸を1つした。
「話します、昨日の続き。」
「うん。」
俺の顔を少し見てから、由梨は床を見ながら、ゆっくりとした口調で言葉にした。
「実は、あの時に襲われた人達、私の好きな人の友達だったんです。好きとは伝えてない ですけど、毎日のように学校で話すくらい仲良かった友達だったんです。彼も、彼女はいない みたいだったし、私にそれなりに好意を持ってくれてるくらいは感じてました。・・・。」


深呼吸を1つする。


「慌てなくていいからね。」
軽く頷いて、話を進めた。
「街で声をかけてきたのは、彼ではなくて、その友達でした。軽いナンパのような感じ。 それを笑って見てたのが彼でした。結構です、って言いながら逃げようとする私に気づいて、 彼が「あ、瀬川だったのか。ごめん、こいつ俺の連れで、ナンパ趣味だからさ。許して。」 って、私と、彼の友達の間に入って逃げさせてもらったの。だけど・・・その日から2日後 くらい。彼からメールが来たの。」


『ごめん。ちょっと話したい事あるから、部室の近くに来てくれる?』


「もしかしたら・・・っていう淡い期待があったから、もう下校時刻は過ぎてたのに、部室に 行ったの。淡い期待の事もあったから、私は1人だった。そうしたら、そこには彼の姿 はなくて、うっすらとニヤついてる彼の友達がいたの。おかしいと思った。けど・・・もう 間に合わなくて・・・。部室に連れ込まれて腕を二人に押さえつけられて・・・。今でもあの 人達の顔が忘れられない!・・・大声で叫んだ。誰か・・・ううん。彼に助け求めてた。 その声が聞こえたのか、誰かがドアを開けた。涙目で、ドアを開けた人を見たら、私の先輩が 彼の襟元を掴んで立っていた。・・・先輩が助けに来てくれた嬉しさより、先輩の手が掴んで る彼への失望の方が大きかった。・・・あぁ。私は騙されてたんだなーって。先輩が彼を離して 私を掴んでいる3人に近づいて、喧嘩になった。棒で殴られたりして、先輩は何度もうずく まって。だけど、先輩がいたおかげで、彼の友達は皆先輩の方へ攻撃の矛先を変えてくれた。 一時的な安堵感と、喧嘩の恐怖で動けなくなって・・・。それから少ししたら先生達が来てくれ て、私を庇ってくれた先輩と一緒に助けてもらって・・・。」


彼女は、目元に手をやって、軽く目を閉じた。


「正直言うと、今でも男性が怖いんです。今こうして、直也さんと話しているのが不思議な くらい・・・。学校も辞めたから。中学の頃の友達とたまに遊ぶくらい以外外に出なくて、 親に頼りながら、後は、絵描いたり本を読んだりしながら、記憶が薄れていくのを待ってま した。・・・だけど、忘れられなかった。この事が、ずっと私を縛っていくんだ・・・そう 、諦めてました。だけど、昨日の直也さんの言葉で目が覚めました。きっと、私が諦めてた のは、誰かに頼ることだったんじゃないかなって。だから、迷惑かもしれませんが、直也さ んを頼らせてください。・・・って、別に何かしてもらう訳でもないんですけどね。・・・ せめて、いろんな事話したいです。」


閉じていた目を、ゆっくりと開いて、
「やっと話せました。聞いて頂いて、ありがとうございました。」
少し涙目で笑う彼女を、初めて女性として認識した自分がいた。
「ありがと。俺を信じてくれて。」
変に言葉を飾りたくはなかった。これが自分の本音だったから。
「これからは、新しい私です。時間を取り戻すことはできないけど、ゆっくりでも、あの頃 みたいに歩けたら、それで十分ですよね。」

立ち上がって、俺に軽くお辞儀をして部屋のドアを開けた。
「あ、直也さんも、何かつらい事あったらいつでも聞きますからね。」
そう言って、由梨はこの部屋から羽ばたいた。
ようやく見つけた、新しい未来へと。


・・・俺も進まないと・・・な。
嫌な事を思い出してしまったのは、俺も同じだった。
過去に縛られてるのは、むしろ俺の方かもな。
目を閉じると、さっき見た由梨の笑顔が見えた。
こんな俺でも頼ってくれた。そんな彼女なら・・・。
淡い期待と、それを拒否する過去とが葛藤する。
俺は・・・由梨の事、本当に信じているのかな・・・。
・・・考えるのが嫌になった。
ベットの上で横になる。
早く時の支配しない暗闇へと意識を飛ばしたい・・・。
そう思うよりも早く、睡魔に正直な体は、ぐっすりと休んでいった。


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