第5話 君の過去(いろ)


由梨がこの家に来て、もう1週間が経った。
普段の生活と、ほとんど変わることはないんだけど、やっぱり一人増えるだけで家の中の 活気が、全然違うということは実感してきた。
そして・・・ちょっとだけ自分のルーズさも分かってきた。
由梨の部屋には何度も入ったけど、毎回凄い綺麗にしてるのが良く分かる。
一方の俺の部屋って・・・。
「良く、こんな部屋で毎日過ごしてたな・・・俺。」
溢れかえる服、散乱する書類、雑誌、お菓子の袋・・・。
ゴミ箱なんて、ゴミで噴火してるし・・・。
今、警察が来たら、

「空き巣に入られましたか?」

と、間違いなく聞かれるだろう・・・。
・・・よし。面倒だけど綺麗にするか・・・。少しでも。


「直也さーん。散歩に行きませんか?」
ドア越しに、由梨からのお誘いがきた。
・・・しかし、今はそれどころじゃない。
何故だか、突然やりだした部屋の掃除が、止まらなくなってしまっていた。
今日、仕事から帰ってから早3時間。飯を食べに部屋を出ただけで、ずっと部屋の掃除に
費やしていた。
「ごめん。ちょっと掃除やりきっちゃいたいから、一人で行ってきて。」
「手伝いましょうか?」
「ん〜。悪いからいいよ。・・・というより、今ドア付近まで物が広がってるから、入る に入れないんだ。」
「そうですか・・・。うん、頑張ってください。」
ちょっと残念そうな由梨に、心から、ごめんねって言いながら、部屋に目を移した。
・・・今日中に終わるかな・・・。


「ふぅ。ようやく終わった・・・気がする。」
大体は掃除もできて、服もしっかりと棚にしまって、雑誌もある程度片付けて。
って、こんなにゴミが出る部屋だったんだな。
今更に思った汚さ。疲れたけど、これで当分は掃除しなくて済むな。
汚くなった手を洗いにドアを開けた。

「あれ?由梨、もしかしてずっとそこにいた・・・の?」
廊下に座って、小説か何かを読んでいた。
「どうせやる事なかったんで。だから、待ってました。」
「ん〜ごめんね、悪い事したよ。気がつかないでごめんね。」
「そんな!謝ることじゃないですよ。好きで待ってただけですし。」
立ち上がって、手をパタパタさせながら、笑顔を向けてくれた。
「・・・今からでも行く?散歩。」
もう10時を回っていた。掃除だけで4時間以上かかっていた。
「いいんですか?・・・疲れてません?」
「待っててくれたんだからね。疲れなんか飛んじゃったよ。」
「悪いですよぉ。・・・また今度でいいですよ?」
「時間が時間だから、そんなに長くはできないから。だから気にしないで。」
「んー。じゃあ少しだけ付き合ってくださいね。」
笑顔で、ありがとって言われると、ちょっと女として見てしまって、少しだけ視線を 逸らした。
一つ屋根の下・・・。俺を信じてくれたから、変な感情を持って、窮屈な関係を築き たくはなかった。
それこそ兄妹のように、仲のいい関係であれば、それが1番。
「さ、行こう。」
少し動揺してる顔を見られたくなくて、由梨の前を歩くように家から出た。


「あ、星が凄い綺麗ですね。」
家から出てきた由梨が、空を見上げて立ち止まった。
「まだ、夜に外に出た事ってなかったっけ?」
「はい。窓から見てた事は見てたんで、綺麗なのは知ってるんですけど。改めて見る と、やっぱ違いますね。私の地元で見えないような小さな星も見えますし。」
はしゃいでるわけではないけど、静かな感動っていうのかな。
「あ、そういえば何処に行こう?」
「ん〜。海に行きたいです。前に、砂浜見に行こうって行ってたじゃないですか。 考えてみたら、見てなかったから。」
「じゃあ、近くの海岸まで行こう。」


夏だけど、夜になれば幾分涼しい風が、体になついてくる。
ちょっと湿った感じなのは、海から吹く風だからしかたない。
昔は、湿った海風が嫌いで、慣れるまではずっと嫌がってたっけ。
こうやって夜に砂浜へ出て一人考え事して座ってた時、目を閉じると海の中に・・・ 海と共に生きている。そんな雰囲気に包まれることを知ってから、昼間の風でも平気 になった。
「由梨。この海風の湿った感じって平気?」
家から出てきた後は、ずっと俺の横で景色を見渡している彼女に聞きたかった。
「平気ですよ。ちょっと海の匂いが髪の毛に付くのは嫌ですけど、風に当たってると 気持ちいいですし。」
「そっか。」
「直也さんは?」
「今は平気だよ。昔は凄い嫌いだったけどね。」
「なんでですか?」
「湿ってるでしょ、海の風って。これが体に付くと重たいだよ。除湿機で島の湿気を 取りたいって、ずっと思ってたし。」
由梨は声を軽く出しながら笑った。
「え?そんなに受けた?」
「直也さんは、真面目なのかどうか怪しくなってきましたよ。」
「え?俺真面目じゃないと思ってたけど。」
「でも、少なくても私には真面目な感じで映ってたんですよ?」
「幻滅?」
「そんなことないですよ。だって、直也さんに変わりはないですから。」
なんだか懐かしい感じだった。
夜の散歩もそうだけど、ずっと、何処かで気をつかって生きているのが当たり前になって いた。
こうやって冗談言いながら時間を過ごすことも、ずっと少なくなっていたんだな・・・。


「あ、海岸まで来ましたね。」
「ちょっと砂浜を歩こっか。」
海岸線と平行に、波打ち際からちょっと離れた所を並んで歩いた。
サラサラの砂浜。
後ろを振り返れば、もう数歩先の足跡は消えていた。
「こうやって並んで歩いていると、恋人みたいですね。今は誰もいないから、それこそ 貸切状態だし。ちょっとしたお金持ちになった気分。」
「ははっ。手でも繋いじゃう?」
俺は、横ではしゃぐ由梨の左手を握った。
刹那、由梨は左手を払いのけた。
「あ、ごめん。・・・悪乗りしすぎた・・・ね。」
由梨は、胸の上で、左手を右手で握っていた。
「あ、ご、ごめんなさい。その・・・私・・・。」
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。その・・・軽い気持ちで・・・。」
由梨はうつむいて、微かに震えていた。
・・・泣いてる・・・?
長い間、波の音だけが流れていた。
長い間?いや、ほんの10秒くらいかもしれない。
震える由梨の前で、ただ罪悪感に包まれる自分。
「えっと・・・遅いから・・・帰ろっか。」
相槌もうったかどうかも確認していないけど、このまま由梨の前にい続ける自信がなかった。
由梨の前を歩き、足音が聞こえてくることを確認しながら、今来た道を引き返していった。


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