第4話 譲れない精神(こころ)


「行ってきます。」
漁から帰ってきた二人が、俺の出勤時間には自分達の部屋で寝てるので、起こさないように、 できるだけ音をたてないように玄関を開けた。
由梨は、多分昨日の掃除で疲れてしまったみたいで、恐らくまだ寝てる。
どうせ強盗なんかいないけど、俺は一応鍵をかけて家を出た。


「暑・・・い。」
仕事上、スーツ着て出勤はするが、すぐに上着のスーツは脱いで、カッターシャツになっていた。
もう8月の半ば。
この島なら、6月にもなれば真夏並に気温が高くなるのは、もう随分なれたけど、どうにもスーツ 姿での生活は嫌になる。


郵便局には、家から10分も歩けばついてしまう。
今勤務してるのは、正式な局員の清水さんと田中さんだけで、あとは俺がバイトとして入ってる。
バイトといっても、免許持ってないからバイトなだけで、実際は社員の人と同じ程度の仕事を毎日 のようにこなしている。
基本的に土日は休みだけど、俺だけ勤務してる時もある。
配達だけは土日だろうと、郵便局としてはやらなければならないからだ。
だから、配達だけやって土日は休みで、他に週1日か2日休みをもらっている。


「おはようございます。」
「直也君、おはよう。」
「あれ?田中さんはまだ?」
「あー。田中は多分遅刻する。昨日電話かかってきたからさ。一緒にタイムカード押しておいて くれるかな?一応社員の遅刻はマズイからね。」


俺は、田中さんの分のタイムカードを押して、事務所の自分の椅子に座り、 とりあえず、島の外からの配達物が、今日届くのかどうかの確認をした。
葉書に限らず宅配物も、この島では郵便局が担当している。
そんなにあるわけじゃないけど、いつも中継してくれている、ここより大きな島の郵便局との 確認のやりとりは、お互い大事にしている。
毎日出ている食料品などを載せて運ぶ船に、葉書や配達物も載せてくるので、、1日1 本のこの船に間に合わなければ次の日となる。
あ、今日届くみたい。
向こうの島からのメールがきていた。


とりあえず、それ程仕事があるわけではないので、すぐに配達の仕事に行くことにした。
「じゃあ清水さん、配達行ってきます。」
「ああ。気をつけて。」
書類に視線を落としたまま、清水さんは俺を送り出した。


郵便局の裏に止めてある原付に乗って、まず葉書を配達する。
その途中途中で、島で3つしかないポストの葉書を回収してくる。
回収は1日に、朝と夕方の2回だけで、ほとんどの葉書は島の外の人に宛てたものだった。
「おはようございます!」
いつものように、見かけた人に挨拶をしながら、配達をこなしていく。

「おや、直君。おはよう。」
呼び止められたのは、和子さんというお婆さんで、島へ来た俺にいつも気をかけてくれる人だ。
「あ、和子さん。今日も散歩してるんですか?」
「散歩でもしてないと、こんな年寄りは、すぐにぼけてしまうからね。」
「でも、いつも元気じゃないですか。俺の事もよく覚えてくれてるし。」
「直君の事忘れるときは、命がなくなった時だけだよ。」
「じゃあ、いつまでも忘れたら駄目ですよー?」
「さてねぇ。それこそ明日には倒れて死んでるかもしれないし。」
「縁起でもない。体調悪い時は、とりあえず誰でもいいから言うんですよ?」
「直君は相変わらず優しいね。まだ小さい頃に、この島に来た頃と同じ。」
「・・・そうですか?あんまりあの頃は覚えてないんで分からないですけど。」
「・・・大きくなってこの島に来た事もしっかり覚えているよ。直君こそ、つらい時は私の所にでも 来なさいよ。」
「・・・大丈夫ですよ。あの頃の事は忘れました。あ、そろそろ配達に戻らないと。」
「暑いけど頑張るんだよ。」
和子さんに励まされながら、俺は再び配達に戻った。


「ただいま。」
「おー。おかえり〜。」
田中さんが、笑顔で出迎えてくれた。
「いやぁ、さすがに真面目だねぇ直也君は。感心感心!」
「お前が不真面目なだけだろう。」
ちょっと不機嫌な清水さんが、同僚の田中さんに、視線を上げることなく嫌味を言った。
「清水〜。お前も真面目すぎるんだよ。もっと気楽にやればいいじゃねぇか。」
「なんならクビにしてやってもいいんだぞ。」
A型対B型の対決が始まった。
・・・やっぱこの二人の相性がイマイチなのは、血液型が相性悪いからかなぁ。
この時ばかりは、いつも冷静で優しい清水さんも、本能剥き出しで怒ってる。
だから、俺は清水さんには逆らう気が起きない。
・・・って、俺もB型なのに、田中さんみたいにならないのは何故だろうか。
・・・さて。触らぬ神に祟りなし。ほかっておこう。
「すいません。品物届くみたいなんで、行ってきますね。あと、お昼も食べてきます。」
小声でそう言って、討論でピリピリした郵便局から逃げ出した。


「ふぅ。何もなければいい人なんだけどな。」
俺は、品物を取りに行く前に、遅めのお昼を食べた後、家に寄った。
「ただいまー。由梨いる?」
「あ、お帰りなさい。どうかしました?」
居間から、鉛筆を持ったままの由梨が出てきた。
「後で少し暇ある?」
「はい。とりあえず今日は何もする気なかったんで絵描いてるだけですし。いいですよ。」
「ん。じゃあ一緒に港まで行こう。」
「港?釣りでもするんですか?」
「さてね。何でしょう?」
「え〜。教えてくれないんですか?」
「ついてくれば分かるよ。孝さん達はいる?」
「なんか、お昼過ぎに誰かが来て、その人と一緒に海に行ってくるって。それで私一人 だったんです。」
「そっか。じゃあいいよ。」
由梨が靴を履いたのをみて、俺は品物が届く港へと向かった。


「直也さん。」
「ん?何?」
「夜の砂浜って綺麗ですか?」
「んー。俺は綺麗だと思うけど。そういうのは人それぞれだからね。」
「今日、見に行きませんか?夜の海岸。」
「いいよ。じゃあ晩飯食べて、ちょっと休憩したら行こうか。」
「えへへ。約束ですよ。・・・そういえば、港って結構近いんですか?」
「家から10分も歩けば見えてくるよ。」
そんな他愛もない会話をしながら、家から少し離れた小さな港についた。
「あ、もうすぐだね。」
「大きい船ですね。こんなのが毎日来るんですか?」
「ま、この辺りの島も回ってくれてるみたいだから、ほとんど毎日かな。」
「へぇ〜。」
「ちょっとそこら辺で座っていようか。」
近くにおいてあった木の箱の上に、腰を下ろした。
「毎日のように船が来るんですよね?それじゃあ毎日直也さんはここに来るんですか?」
「葉書を島の外に出す時と、宅配物が届くって分かってるときだけだよ。ほら、向こうの方 見てごらん。」
いつもこの時間にやってくる、地元のスーパーの店長さんや、本屋の店員さんやら、 いかにもお店関係の5人が、いつものように固まって話している。
「見て分かるかな?基本的に届くのは、食料品や雑貨だから、いつもはスーパーの店長さんや 明日発売の本を取りにきた本屋さんとかがいるだけなんだ。」
「へぇー。」
「あ、入港するみたいだよ。」
船がゆっくりと速度を下ろして、碇を下ろす。
それを見るように、さっきいた5人と、俺達は船へと近づいていった。
「直也!」
船の上に、孝さん達と同じように漁をしている数人が、俺の名前を呼んだ。
「あれ?どうしたんですか?」
「下りるまでちょっと待っててくれな。」
「あ、はい。」


さっき声をかけてきた人達が、荷物よりも先に出てきた。
「どうしたんですか?」
息を切らせながら、見慣れた4人の漁師さん達が、俺の目に視線をぶつけてきた。
「孝と良が、怪我をした。」
聞きなれない言葉で、一瞬動揺した。あの二人が怪我・・・?
「怪我・・・?ヤバイんですか?」
「多分、骨折くらいはしてるかもしれん。・・・実はな、今日の昼過ぎに、岩場の近くで 舟が壊れて助け求めてたやつらがいるって分かって、俺たち含めて6人で向かったんだ。 それで、各自の舟を出しあって、1つの舟に2人ずつ乗って、その岩場まで行った。と、 そこまではいいんだが、今日はめずらしく波が荒れててな。助けるのは結構困難な状況で 、とりあえず岩場近くに舟を寄せなきゃ話にならないって、あいつらが岩場に近づいた時 に、凄いのが1発来て、二人とも舟から投げ出されて、岩場にガツン、ってな。」
「2人は・・・何処に?」
「向こうの島の病院に、一応治療に行ったよ。頑なに嫌がってたけど、年だから体を労われ って、無理やり連れてった。」
「そうですか。あ、助けたことは助けたんですよね?」
「あぁ。それは大丈夫だ。なんせ、岩場に飛ばされた二人が、片腕だけで救出してきたん だからな。俺らは、そいつらを乗せて帰ってきただけで、ほとんどあいつらの手柄みたい なもんだよ。」
「そうですか・・・。わざわざありがとうございます。」
「いやいや。むしろこっちが言わなきゃいかんさ。あいつら帰ってきたら、改めてお礼 言いに行くよ。」
そっか。孝さん達でも怪我するんか・・・。なんか頑丈すぎて、怪我なんてしないと思って たな。

「お〜い!直也君。郵便物来てるよ。」
「あ、はい!すぐ取りに行きます!あ、すいません、仕事あるんでこれで。」
「仕事頑張ってな。あと、あいつら帰ってくるまでに何か困ったことあったら、いつでも 家まで来いよ。」
手を振りながら、4人と別れた。
「俺、あの二人が怪我してる姿って見たことないや。どっか、鉄人みたいなイメージが あってさ。」
そう、自分の本音を由梨に伝えると、クスクスと笑っていた。
「いつも元気そうですもんね。」


その後、すぐに郵便物を取りに行って、由梨と一緒に配達をした。
それから一度由梨と別れて、郵便局までタイムカード押しに行ってから、家に戻った。


約束していた散歩は、延期するということになって、その日は由梨と、島の事についての 話で、夜遅くまで盛り上がった。


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