第3話 アトリエの中で


「ふぅ。これでよしっと。」
直也さんに手伝ってもらって、部屋を大体片付けました。
「お疲れ様。まだ汚い所あるけど、少しずつ綺麗にしていこう。
俺、そろそろ仕事に戻らないとマズイから、また夜にでも。 それまで、のんびりしていていいからね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「いいよいいよ。気にしなくて。それに敬語も使わなくていいよ。
俺、あんまり敬語って好きじゃないんだ。1ヶ月だけでも家族みたいなんだからさ。」
そういって、直也さんは仕事場に戻りました。


・・・よし、もう少しだけ片付けよ!
とりあえず、まだ部屋が埃だらけだから掃除したいなー。
・・・あれ?掃除道具って何処にあるんだろ。
「孝さんや良さんに聞いてみよう。」
階段を下りて、とりあえず二人の部屋を探してみる。
・・・って、探すもなにも、凄いいびきが聞こえてきた。
「あの〜・・・。」
「ガー・・・グガァ。」
「えっと、掃除道具なんですけど・・・。」
「ガー・・・グガァ。」
熟睡・・・してるなぁ。起こすの、やっぱ悪いから自分で探そう。
とりあえず、家の探索からすることにした。
一階にある部屋は、玄関を上がって、居間とキッチン、お風呂場と孝さん達の部屋が一つずつ。
二階にある部屋は、階段上がってすぐ右にある直也さんの部屋と、今私が使わせてもらってる 直也さんの右隣の部屋、それから私の部屋を通りすぎて、丁度廊下の突き当たりに一つ空き部屋が あって、
「あれ?なんだろ、この細い階段。」
空き部屋のドアのすぐ左に、階段みたいな物があった。と言っても、段の角度は凄い急だ。
角度が60度くらいあるのかな?段の角度は急で、各段に所狭しと雑誌が積んであって、 それが階段と一緒に埃を被っていた。
「うん。上がっていけそうだ。」
降りる時に怖そうだったけど、私はその階段を、直角に歩腹前進するように上っていった。
段の数はそんなに多くはなかったので、すぐに部屋に辿りついた。


「あ、屋根裏部屋だ。」
部屋は壁などで仕切ってなく開けていて、階段の近くにちょっと小さめの窓がついていた。
物置代わりに使っているみたいで、雑誌やおもちゃなどが入っているダンボールが沢山あった。
この部屋には電球はなかったけど、小さな窓から差し込む光のおかげで、暗い感じはしなかった。
所狭しと置かれたダンボールの箱を乗り越えながら、光が差し込んでいる窓へ近づいた。


「わ〜、綺麗・・・。」


窓を覗いたら、砂浜や海、それに向こうの島までもが、建物に邪魔されることなく、 1面に広がっていた。
直也さんに案内された時、海から近いとは思っていたけど、上から眺めるとより一層近くに 感じた。
それに今日は天気が良かったから、砂浜に落ちている貝や砂の粒が小さな鏡になって、太陽の 光を眩いくらいに反射させていた。
それが海の青や、海鳥の白とが混ざり合っていて、映画のワンシーンに使えそうな景色だった。
私は、飛び込む景色の波に、長い間、心は流されていた。
あれからどれくらいボーっとしていたのかな?
無意識の内に階段を降りて、部屋に置いてあった画材道具を取ってきていた。
そこからは良く覚えていないけど、一心腐乱にキャンバスに描いていた。


ある程度筆を走らせた頃、風景の間から直也さんのスーツが目に入った。
私は、まだ夢心地の中ではあったけど、それで現実の世界に戻っていった。
「おかりなさーい!」
私は、窓から頭だけを出して、大きな声で出迎えた。
直也さんは、何処から声をかけられたのか分からず、辺りをキョロキョロ見回しながら、 最後に首を傾げて、何事もなかったように10M位先の玄関へと歩きだした。
「直也さん!上ですよ、上!」
ようやく気がついてくれたみたいで、眩しそうに目を細めながら手を振ってきた。
私も手を振り返して、1度1階に下りることにした。


「お帰りなさい、直也さん。」
「ただいま。急に声だけが聞こえたからビックリしたよ。真上とは思わなかった。
あれって、もしかして屋根裏部屋にいた?」
「そうですよ。ちょっと部屋とか見せてもらってるときに階段見つけて。」
「埃だらけじゃなかった?もうずっと掃除なんかしてないからさ。」
「あはは。凄かったですよ。もう足は真っ黒です。」
「だろ?じゃあとりあえず足だけ洗ってきておいで。風呂場は分かる?」
「あ、分かります。1階の奥の所のやつですよね?さすがにこの足で家の中ウロウロしてると 汚くしちゃいますね。すぐに洗ってきます。」
「タオルは風呂場にあるから、どれでも使ってね。一応全部洗ってあるから。」
「はーい。じゃあお借りしますね。」
「ん。俺は部屋にいるから何かあったら呼んで。」
直也さんはそのまま2階へ上がっていった。
さて・・・、お風呂場へ行こう。
ドアを開けると、他の部屋よりちょっと大きい脱衣場がある。
8畳は絶対にあるよね、この広さ。
洗濯機もこの部屋にあって、その横に洗濯物を入れるようなカゴがおいてあった。
私は、ジーンズの裾を膝のあたりまで上げて、ゆっくりとお風呂場に入った。
「あ・・・。」
さっきはチラッと見ただけだから気がつかなかったけど、結構年期入ってるわりに綺麗 な感じがした。
浴槽はステンレスで、普通の形よりちょっと大きい感じ。
普通は、女の人が足伸ばせるくらいの大きさだけど、きっと普通の背の高さ男の人でも、足伸ばして 入れるくらい。
とりあえず足だけを洗おうと思い、正面から左側に掛かっていたシャワーを手にして蛇口をひねった。
「キャ!あつつっ!!」
出たお湯から、すぐさま逃げた。
「ほえ〜。温度確認するの忘れてた。」
近くにあった洗面器で、シャワーのお湯加減を調節。
一応、手で温度を確認してから、足の汚れを落とした。


お風呂場から出て、足を拭くためにタオルを探し・・・。
「もしかして、この家の人はB型かO型かなぁ・・・。」
タオルは確かにあるけど、
「なんでこんなに雑に積んであるのかなぁ・・・。お風呂はあんなに綺麗にしてるのに。」
なんか、干した後そのまま乗せたって感じの積み方。
ちなみに私はAB型。
こういうの見ると、どうしてもきっちりやりたくなるなぁ。
・・・この後、しっかりとたたんで、積んでおきました。


お風呂場から出て、とりあえず2階にある直也さんの部屋に行った。
「直也さん?今いいですか?」
「どうぞ。入っておいで。」
ドアを開けて・・・
「・・・直也さん、B型?」
「ん?何?急に。そうだけど。なんで?」
部屋を見た時に、すぐに分かった。
良く使いそうなものや服を身近な所に積んでおいて、後は適当に散らばってる。
インテリア的に、ちょっと凝る所もB型っぽいし、”自分だけの部屋”って感じは、 B型特有な感じがした。
「もしかして、それを聞くためにここに来た、って訳じゃないよね?」
「あ、はい。えっと、掃除道具を探してるんですけど、何処にあるか教えてもらえませんか?」
「あ、教えてなかったね。ごめんごめん。じゃ、一緒に取りに行こうか。」
直也さんは立ち上がって、電源の入ったパソコンを閉じて立ち上がった。
「由梨・・・ちゃん。」
「はは。由梨でいいですよ。ちゃんって呼ばれる歳でもないですし。」
「ん。じゃあ・・・由梨。・・・って、慣れるまで照れるね、この呼び方。」
「あはは。気にしないですよ。兄弟みたいな感覚で呼んでくれればいいんですよ。」
「そ、そんなものかなぁ。ん。まぁいいとして、ちょっと聞きたいんだけどいい?」
「答えられる事なら。何かありました?」
「俺の部屋だけど・・・。そんなに変かなぁ。」
「別に変じゃないですよ。でもB型の人って独特なセンスだから、私、見ると分かるんです。 あーこの人B型だなーって。友達で、B型が多いんですよ。」
「あ、そうなんだ。じゃあ、別に普通・・・とは言えないとしても、変ではないって事でいい んだよね?」
部屋に入ってきたときに、私が変な態度だったから気にしてたのかな?
もしかしたら、直也さんは、B型だけどA型よりの人なのかも。
直也さんは、何か自分に言い聞かせるように、小さく何度も頷いていた。


「ここだよ。」
「あ、こんな所にあったんですか。」
階段の真下に、木でできた、小さくな掃除道具入れがあった。
学校とかの掃除道具入れに形は似てるけど、あれより横幅が2倍くらい大きい。
釘の打ち方や、木目の不揃いさから、手作りだということがなんとなく分かる。
でも、素材自体はしっかりとした木を使ってるから、丈夫そうな感じも良く分かった。
「でも、掃除道具って言っても、ホウキとチリトリ、掃除機と雑巾とバケツってとこだけど。
こんなんで良かった?」
「私の家も同じですよ。モップとかあると楽なのかなーってたまに思いますけどね。」
「あ、俺もモップって欲しいんだよ。だけど、まぁそんなに掃除しないからなーって感じ。
買ったときは使うけど、すぐ使わなくなりそうだから。」
「男と女は、そういうのは違いますね。でも直也さんのお母さんとか欲しがったりしたでしょ?」
「え?母親?・・・あーどうだろ。もうずっと会ってないから・・・さ。覚えてないよ。」
「帰ってないんですか?お盆とか正月とか。」
「・・・面倒だからね。こっち来てからずっと此処にいるよ。さ、道具持って掃除しよっか。 手伝うよ。」
直也さんが、掃除機を持って、私はホウキと雑巾とバケツを持った。
水は上の階でも出るからって事で、そのまま私の部屋に向かった。


「・・・帰る気も、帰る家もないよ。」


階段を上る直也さんの小さな声を、私の耳は捕らえることはできなかった。


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