第14話 涙色の詰まったパレット(2ページ目)「・・・直也さん。」 「ん?」 私の前で、視線を動かすことなく、耳だけを向けてくれた。 「・・・怒ってます?」 少しだけ後ろを向いた直也さんは、少し笑った。 「多分そうじゃないかなって思ってたよ。昨日、何時に出るとか言わなかったからさ。」 「気づいてたんですか?」 「まぁ曲がりなりにも、1ヶ月一緒に生活してきたわけだからね。」 私は直也さんに近づいて、そっと、手を握った。 そのまま、頭を直也さんの背中に預けた。 「会わないで行こうって思ってましたけど・・・。やっぱり、会えてよかったです。」 頭から伝わる鼓動で、いつもよりもずっと、直也さんが近くに感じられた。 「俺もな・・・。ホント、この1ヶ月は、長いようで短い、本当に大切な時間だったって 思う。由梨と出会えて・・・本当に良かった。」 「私も・・・そう思います。」 速く走る船から、だんだんと、終着駅が近づいてきてるのが分かった。 「なぁ由梨。最後に、建前じゃない、本当の俺の本音、ぶつけていいかな?」 直也さんは、ずっと前を見たまま。 だけど、鼓動だけは早く・・・。 私は、さっきよりも少し強く、手を握った。 少し間をおいて、直也さんも私の手を握り返した。 「俺・・・本当はまだ由梨と一緒にいたいんだ。・・・本当はね、ずっと由梨の事好き だったんだ。だけど、窮屈な思いさせたくなくて・・・。二人の間に、そういう感情は 持ち込まないようにしてたんだ。」 「うん・・・。」 「俺もね。逃げてたんだ。誰も信じれなくて。居心地のいいこの島で、昔の傷を開けない ように、そっと、毎日を繰り返してた。本当は、上辺だけの関係だなんてダメだって分か ってるのにね。踏み込めなかったんだ。だけどね、由梨と出会えて変われた。大切な事、 思い出させてくれた。だから、凄い感謝してる。」 「私も、同じですよ。」 「それでね。俺も、一度この島から出ようと思う。まぁちょっとした旅なんだけど、由梨 が見てきたもの、俺も少しでも感じてみたいなって思う。」 「ふふ。大げさですよ。」 私は、画材道具から、1本の筆を取り出して、直也さんに差し出した。 「これ、あげます。沢山見て、いろんな事感じてきてください。それで、それを絵として 残してきてください。いつか・・・私にその話ができるように・・・。」 私なりの、精一杯の告白の返答。 きっと・・・分かってくれるよね?直也さんなら。 「ん。必ず。」 この時だけはしっかりと、私に笑顔を向けてくれた。 空でも海でも、他の誰でもない、私だけに・・・。 「よかったら横に来る?」 私が直也さんの座る所の右隣に座ろうとした時、大きく船が揺れた。 水しぶきと一緒に、私は直也さんにしがみついた。 「大丈夫?」 「・・・はい。」 しがみついた体勢を戻す。 「少しの間だけ、いいかな?」 戻した体が、再び直也さんとくっつく。 高鳴る鼓動・・・。 だけど、気持ちはゆっくりと穏やかになっていった。 「もうすぐ・・・着くね。」 もう、別れの時がすぐそこまできていた。 「直也さん・・・。やっぱり私、まだ一緒にいたいです!」 涙。泣いた。 直也さんだからこそ、すべてを預けて泣きたかった。 「本当は悩んでたんです。帰るかどうか。まだ一緒にいたい!まだ帰りたくないです! まだ・・・直也さんと離れたくないです!」 目一杯抱きついた。すべてを受け止めて欲しかった。 そんな私に、直也さんはそっと、頭を撫でてくれた。 「やっぱり、帰らないとダメだよ。」 「・・・やっぱり、迷惑ですか?」 「違うよ。皆、由梨に残って欲しかったって言ってたよ。もちろん、俺もね。だけどね、 ご両親も心配するよ。」 「それは・・・。」 「誰よりもずっと、由梨を支えてくれた人がいるんだ。帰るべきだよ。帰る場所がある なら。それに・・・。」 直也さんは、ポケットの中から1つの封筒を取り出した。 「これ、少ないけどバイト代ね。」 「え?・・・私、何も・・・。」 「俺達3人共、ケガしてから由梨に世話になりっぱなしだったからさ。・・・まぁ中身は 、一番初めに由梨からもらった食事代の3万しか入ってないけどさ。」 「それでも・・・やっぱり受け取れないです。私こそ、お世話になってたんですから。」 「お願い・・・。受け取って。」 直也さんは、それを私の手に乗せ、その上から手を重ねた。 「またここに来る時の旅費。そう思って。」 大切な人・・・。 いつも笑顔で。どんな時でも強くて。 優しくて。気がきいて。 そして・・・誰よりも想ってくれる・・・。 私は受け取った。またすぐにでも遊びにこれるように・・・。 会いに行けるように・・・。 私の大切なアトリエに・・・。私の大切な笑顔を描くために・・・。 「帰ったら、すぐにでも手紙書きますね。」 「ん。待ってるよ。」 船着場で、直也さんから荷物を受け取った。 「・・・直也さん。」 精一杯背伸びした。 私たちの、次の出会いを約束するために・・・。 大切な人とのファーストキス・・・。 きっと、いつまでも色褪せない。 ずっと綺麗な、私たちの想い出なんだから・・・。 |