第13話 混ざり合う綺麗な色達


何故か今日は、やたら暑い・・・。
8月の下旬だから、暑い事は暑いんだろうけど・・・。


「直也さん。あの木陰に座りましょ。」
由梨が先に座り、俺もその横に腰を下ろした。
「暑いですね。」
「ホント・・・。」
雲一つない晴天。耳元で騒ぐセミの声。
「でも、ホントにこれでいいの?」
「一番お世話になったものを描きたいじゃないですか。」
そう、モチーフにしたのは我が家だった。
というのも、本当はお互いの顔を描こうって話に持っていかれたが、
「とんでもない!描けるわけないじゃないか。」
と、俺が否定したからなったわけだけど。


手に持っているのは、さっき買ってきた画材道具。
油絵なんて描けそうもないから、俺は水彩絵の具を買った。
・・・。
うまく描けない。
なんか、中学の頃よりも下手になってる気がする。
由梨は黙々と描いていた。
それに、かなり描くのが早く、うまかった。
「どうやったら綺麗に描けるんだ?」
俺の声に気づいて筆を止めた由梨が、俺の駄作を覗き込む。
・・・ちょっと恥ずかしい。
「全体を描くより、こう部分的に描いて、そこを強調したりするといいかも。
それに、自分なりに頑張って描けたなら、それが一番ですよ。」
部分的・・・。自分なりに・・・。
描いてみる。・・・イマイチ。
え〜い!水でぼかしてしまえ!・・・あ、ちょっといいかも。
調子に乗る。・・・あれ?やりすぎた。


それから数時間。
何度も休憩を入れながら、俺は何度も駄作を生産する。
最後には、まぁちょっとはマシな作品が残って、終了。
由梨の作品とは比べるのも悪いくらい。


「あー!疲れたー!」
家に入るとすぐに、今は俺が使ってる1階の部屋で、横になった。
気を抜くと、今にも寝てしまいそう。
だけど、今日だけは寝るわけにはいかなかった。
由梨と一緒に過ごす夜は、とりあえず最後。それに・・・
「直也!ちゃんと準備したか?」
「当たり前だよ。孝さん達こそ大丈夫?」
「昨日言われたから、朝から隣の島の近くまで行ってきた。」
「あ、それから和子さんも、もう呼んでくるからな。」
「行ってらっしゃい。」
そう・・・。俺、孝さん、良さん、和子さんで、由梨の送別会をやろうと決めていた。
昨日由梨から『帰る』と聞いたのを、今日の朝早くに皆に知らせに行ったから、大慌てで 準備となった。


「直也さーん!ご飯できましたよー!」
由梨の声が、キッチンから響いた。
「ただいま。」
丁度3人も着いたみたいだ。
「ギリギリセーフだよ。」
俺は、3人と一緒にキッチンの手前まで動いた。
皆、それぞれにクラッカーを持って。
「行くぞ!せ〜の!」
『由梨ちゃん!1ヶ月の間、ありがとー!!』
弾けるクラッカー。飛び交う拍手と笑顔。
何が起こったか分からず、顔の硬直した彼女の横に行き、
「これより、由梨のために送別会を開かせて頂きます。」
と囁いた。
その言葉で、ようやく表情が戻り、笑顔のまま少し泣いていた。
「そんな・・・突然こんな・・・。私なんかの為に、ありがとうございます。」
それぞれにイスに座って、まずは由梨の手料理からご馳走になる。
「ほら、二人とも。アレ出さないと!」
「分かってるよ。」
良さんが部屋に戻り、大きなクーラーボックスを持ってきた。
「ちょっと違う気はしたけどな。」
取り出したのは、大きな鯛。
「別れで鯛って違うとは思うんだが、なんせ釣ってしまった以上食べない訳に行かないしな。」
「まさか、二人で行ってコレしか釣れないとは思わなかったけどな。」
二人が台所に立つ。
二人共、それぞれに違う包丁を持って、手早く刺身を作る。
「ホントは鯛尽くしにしようと思ったんだが、どうしても最後に由梨ちゃんの手料理は食べて おかないとって思っちゃってな。」
「そんなぁ。私の料理なんて大したことないですよぉ。」
もう、何見ても嬉しくてしかたないみたい。
そんな彼女を見て、俺達も同じように嬉しくなる。


「ごちそうさま。」
由梨の手料理も、さっきの鯛の刺身も無くなった。
だけど、由梨へのプレゼントはこれだけじゃなかった。
「和子さん。アレは何処に?」
「もう冷蔵庫に入れてもらってあるはずだよ。」
「ん。これだね?」
俺は、和子さんに頼んだものを、箱から出した。
「ぅわ〜。凄い嬉しいです。」
広がったのは、フルーツとゼリーを沢山使ったケーキだった。
「孝君や良君が甘いの駄目だって知ってるから、さっぱりしてきたの作ったのよ。」
「あはは。覚えてましたか。面倒かけてすいません。」
「おい。直也は何かあるんじゃなかったのか?」
「ん。俺からはこれ。」
小さな紙袋に入っているそれを、由梨に渡した。
「皆と比べると、大したものじゃないんだけどさ。」
由梨が袋を開ける。
「あ、綺麗なストラップだ。」
先に小さなパレットのついたもので、素材が変わっていたので思わず買ったやつだった。
「これな。プラスチックだけじゃなくて、ガラスを砕いたものも一緒になってるんだよ。
ほら、角度変えるとキラキラ光るでしょ?」
由梨が来て、まだ1週間くらいの頃。ボーっとオンラインショップを回っている時に 見つけたやつだった。
パレットがついてるということで、いつか由梨にあげようと思ってたんだけど、バタバタ してるうちに忘れてて、それを思い出して出してきた物だった。
「ごめんな。そんなに凄いものじゃなくて。」
「そんな事ないですよ。凄い綺麗で。今から付けてもいいですか?」
由梨は、今まで付けていたストラップを一度外し、どの組み合わせで付けるか悩んでいた。
その後、皆で和子さんの作ってくれたケーキを食べた。
夕飯食べたばかりなのに、皆それぞれおいしそうに食べた。


「今日は、ありがとうございました。」
俺と由梨は、和子さんを家まで送っていった。
「またいつでも遊びに来なさいね。待ってるわ。」
「はい。またお金貯めて来ますね。」
二人、手を振り、俺達は和子さんの家から離れた。


「やっぱり、寂しいですね。別れって。」
俯いて歩く彼女が、小さな声で呟いた。
「まぁ・・・。そうだね。ホント。」
「直也さん。」
由梨が立ち止まった。
「砂浜。夜の砂浜、最後に見たいです。」
「そうだね。いいよ。」
歩いていた方向とは90度角度を変えて、俺達は、いつもの砂浜へ歩いた。


「今日もいい星空だな。」
空から降り注ぐ光が、何の遮りもなく、月の光にすら負ける事なく、キラキラと俺達へと 降り注ぎ続けた。
「ここには、沢山の思い出があるから。だから、やっぱり来て良かった・・・。」
俺達は座る事なく、ただ、海を見ていた。
流れる風。音を立てる水。弾ける彼女の髪の匂い・・・。
「なんか、実感湧いてきちゃったよ。」
「私も・・・。」
海は、相も変わらず穏やかな波を立て、明日もいつもと変わらぬような気さえしてくる。
だけど・・・由梨は明日帰る。
「・・・由梨。」
「はい。」
「あ、その・・・向こうでも元気でな。」
「うん。直也さんも・・・。」
「・・・ん。」
由梨はポケットから、携帯を手に取った。
「大切にしますね。これ。」
「うん。ありがと。」
「・・・帰りましょうか?そろそろ。」
「そうだね。あんまり遅いと孝さん達が心配するといけないから。」
海へと背中を向けた。
明日の夜には、きっと俺こないから。
思い出してしまうから。
だから当分の間、バイバイな。


「それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい、直也さん。」
もう孝さんも良さんも寝た。
俺も布団の上で目を閉じれば、今日が終わる。
眠れそうには・・・なかった。
だけど、由梨を見送らないといけないから寝ないとな。
俺は携帯を取り出した。
そこには、今日由梨にあげた物と同じものが付いている。
大切な人。
とうとう最後の夜を迎えたね。
せめて今日だけでも、二人同じように、幸せな夢が見れるといいね。
おやすみ、二度とない大切な今日。



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