第12話 描かれる二人の色彩 


「直也さん。おはよ。」
「ん。・・・おは・・・よ。」
ぼんやりとする視界で、由梨の影を追った。
「ちょっと出かけてきますね。」
「え?・・・こんな朝から・・・何処に?」
まだ光を強くみることができなくて、目を閉じたまま起き上がった。
「ふふ。もう昼過ぎですよ。」
「え、昼過ぎ?」
近くにある時計に目をやると、本当に昼は過ぎ、もう2時を指そうとしていた。
「絵の具頼んであったんで、それ取ってきます。あと、ちょっと和子さんの所にも。」
「ん。分かった。鍵はそのままでいいから。」
「分かりました。じゃあ行ってきますね。」
由梨が部屋を出ていくと、そこには甘い香水の匂いが残った。
「・・・ふぅ。昨日は感傷に浸ってたからとはいえ、全然寝付けなかったからかなぁ。」
とりあえず着替えて、台所に向かうと、由梨が作ってくれたお昼ご飯があったので、
感謝をしながらレンジで温めて食べた。
他にする事がないから、ボーっと机の上に顎を乗せて目を閉じていた。
別に眠たいわけじゃないけど、どうにも気分は上がってこなかった。


「・・・ん?」
「あ、起きましたか?」
いつの間にか寝てたみたいだった。
「あれ?何してるの?」
「あ、動いちゃ駄目ですよ。直也さんを描いてるんだから。」
「え?俺?」
俺は由梨に言われるまま、さっきの体勢に戻した。
ちょっと顎が痛いけど、まぁすぐ終わるだろうから我慢。
「いつ頃から描いてたの?」
「ん〜。帰ってきたらすぐでしたけど。何時だったかなぁ。」
視線を上げることなく、心地よい筆の音を奏でる。
きっと、あの真っ白のキャンバスの上で沢山の色が混ざりあっているんだ。
早く・・・見たいな。
「ねぇ、直也さん。」
「ん?」
「もう・・・1ヶ月が経つんですよ?私がここに来てから。」
「・・・もうそんなに経つんだ。」
視線しか動かせないから、カレンダーを見ることはできないけど、考えてみれば、 段々と気温が落ちてきてはいた。
「私、この島に来て、本当に良かったです。」
「俺も、楽しかったよ。」


二人で、この1ヶ月にあったことを、思い出しては話した。
初めて会った時の事。
唐突な提案に、やっぱり恐かったらしい。
だけど、それでも信じてもらえたのは、純粋に嬉しかった。
火事の事。
今考えれば、あの燃え方の酷い家に、水も被らずに中に入った勇気は、今後起きない かもしれない。
左肩の火傷は一生消えそうもないけど、それでも由梨を救えた事。
それは、これからも一生消えない誇りになるだろう。
お互いが縛られてた、過去を理解し合う事。
軽率な事から踏み込んでしまったわけだけど、あの事がなければ、もしかしたら こんなに仲良く、こんなに大切な人にはならなかったのかもしれない。
俺にとっては、もう8年も前に閉ざした感情までも生き返って、嬉しいけど、辛い 状態にはなってしまった。
だけど・・・、何も後悔なんてしてない。
由梨がいてくれたから。俺はようやく、先に進めたのだから。


「・・・どうするの?まだ、この島にはいられるの?」
由梨は考えていた。
いや、もしかしたらずっと考えてきたことなのかもしれない。
「・・・帰ろうと思います。予定通り、明後日に。」
「そっか。寂しくなるね。」
当たり前のようにやってくる別れ。
もちろん、覚悟はしてた。
だけどちょっとだけ、もう少し長くいるのかと期待していた。
彼女には、彼女の時間がある。
少なくても、俺は彼女の時間を尊重してあげるべきだから。
「直也さん。・・・もし良かったら、明日一日、私と絵を描きませんか?」
由梨が見てる世界。
見てみたいとも思った。
「どうせ足の怪我で何もする事ないから。」
俺は2つ返事で、OKした。



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