第11話 僕の過去(いろ) 


外で話したい。
俺の希望に答えてもらい、俺達は砂浜まで出てきていた。


「結構、涼しいですね。」
波風が当たる髪を片手で押さえながら、由梨はゆっくりと座った。
俺も松葉杖を置いて、足に痛みが走らないように座った。
「ごめんな。もう眠たいっての分かってるんだけど。」
由梨は軽く首を振り、いつもより優しい笑顔を覗かせた。
「聞かせてください。直也さんの事。」
二人ともに、ゆっくりと海へと視線を移し、俺は一つ、大きな深呼吸をした。


「・・・実はな。俺の両親、離婚してるんだ。高1の終わり頃かな。その時に、この島へ 家出してきたんだ。」
ずっと思い出さないようにしてた事。
だからだろうけど、言葉はなかなか出てこなかった。
「直也さん・・・。どんなに辛い過去でも。」
由梨は、俺の手に手を乗せた。
大丈夫ですよ。そう伝わる気持ち。
ありがとう。波風にすら負けてしまいそうな小さな声でそう呟いた。


「離婚の原因は、浮気なんだ。それも二人共にでな。もう何年もの間、知らない男や女が 平気で家にいた。お互い気づいてたんじゃないかな。」
「・・・なんで、結婚したのかな・・・。」
「俺ができたから。そう小さな頃に言われた事を覚えてるよ。あの頃に言われたって何も 分からなかったけど・・・。それに純粋に親が好きだったから。俺がいたから二人も幸せ なんだって思ってた。だけど・・・中学の頃には、どういう事かは良く分かってきて、 浮気相手が家に来る度に、親は俺の存在を否定し始めてた。」


一つため息をつかないと話せない。それを見た由梨も、同じように大きく深呼吸した。


「俺、その時から決めてたんだ。家を出ようって。だけど、そんな事友達には言えなくて、 ずっと内緒で計画を立ててた。この島に爺ちゃん達がいること。どれくらいの旅費で行ける か、とか。高校に入ったらすぐにバイト始めてお金貯めて、何度か孝さんや良さんに電話も して相談してた。いつも二人は優しくて、最後には必ず"ごめんな"って言われたよ。」


由梨の手を軽く握った。由梨は目を閉じて、ずっと俺の話を聞いてくれている。


「高校の1年目が終わる頃。机の上に置かれた離婚届け。その紙切れの横で討論する二人。 簡単に言えば俺の親権争い。でも二人共いらないって叫んでたよ。だから俺は荷物まとめて 二人の前に出て行った。"今までお世話になりました。親権は爺ちゃんにでもしておいて ください。"・・・そう言って家を飛び出してきてから、俺は親の顔を見ることも、思い出す こともしなかった。・・・したくなかった。」
「・・・そんなの。辛すぎますよ・・・。」
泣いていた・・・。
きっと彼女は、あの頃の俺の代わりに泣いてくれてるんだ。
あの頃は絶望感と喪失感に包まれていて、すべての感情を殺す努力をする事しかできなかった。
唯一できたのは、作り笑いを浮かべる事だけ・・・。
・・・どうでもいいや。
そう思いながら、黙々とこの島へと着いた。


「・・・由梨?」
由梨が不意に抱きついてきた。
「もし・・・もしその頃までに出会えていたんなら・・・こんな悲しい時に・・・。 一人で乗り越えるの・・・って、とても・・・辛いこと・・・だか・・ら。」
強く抱きしめられた。
「一杯聞いてあげた・・・のに。なぐさめて・・・あげられたのに。」
彼女から溢れる温かい心・・・。
「ありがと。」
そんな彼女が愛しくて、俺は彼女の顔に手を伸ばした。
「俺の代わりに泣いてくれて、ホントありがと。すごく・・・すごく嬉しいよ。これで、 あの頃の思い出は、ただ "悲しい嫌な思い出" だけではなくなったよ。」
話せて良かった。
同時に涙が溢れた。
あの時と同じ・・・。
島に着いた俺を、何も言わずに抱きしめてくれた孝さんや良さんの優しさに触れて、 初めて、涙を流したっけ。
目一杯流した涙を受け止めてもらう事。
とても簡単で、とても難しい事。俺は二人にしてもらったから、今の自分がある。
そして今も・・・。


「これほど幸せな思いできる人間。きっと世界中で俺だけだよ。」
腕の力を緩めて、彼女は俺の顔を覗き込んだ。
赤くなった目から流れる涙を、そっと手で拭いてあげながら、今しかできない、最高の 笑顔を見せた。
「・・・直也さんが、なんで強いのか、分かったような・・・気がします。だけど、 辛い時は・・・辛い顔していいんです。泣いたっていいんです。少なくても私がこの島 にいる間だけでも。」
「うん。ありがと・・・。」
今度は俺が、由梨を抱きしめた。
もう泣いてしまいそうだったから・・・。
多分、気づかれるだろうけど・・・。
それでも、彼女の視線から隠れて、そっと、溢れた思いを波へ流した。


目を閉じると、もう彼女しか感じなくて、耳から伝わる音も、彼女の鼓動しかなくて・・・。
すべて包まれて。
すべて受け入れられて・・・。
そして、思い出した。
人を好きになるという事・・・。
きっと・・・由梨でしか、この感情は抱けない。
だから・・・。本当に、本当に大切な人。
もし叶うのなら・・・どうか君だけは、このまま離れないでいてくれないか。



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