第1話 モチーフ探し


「こんにちはー!」

俺は、いつも通り郵便局の仕事をこなしていた。
今日は外に出て、郵便物の配達の仕事を自転車に乗ってこなしている。
日によって、内の仕事で事務をやったりもする。
なんせ、今住んでる所が南の方の小さな島で、そもそも人口すらそんなにいない。
のんびりとした平凡な毎日だ。

(あれ?めずらしいな)

俺は、大きなキャンパスノートを持った一人の旅行者らしき女性に声をかけた。
「旅行ですか?」
茶髪で、少し童顔の入った女性は、突然声をかけられたからか、刹那驚いた表情を見せた。
「あ、はい。今日の船で。とりあえずぐるっと島を見て回ろうと思いまして。」
「そうですか。私が言うのも何ですがいい島なのでゆっくりしていってください。 もし、何か聞きたい事があれば郵便局に来て頂ければ私がいますので。声をかけてくださいね。」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。その時はお言葉に甘えます。」
「ははっ。どうぞどうぞ。では私は仕事がありますので。お気をつけて。」
「お仕事、頑張ってください。」
それから、残った葉書を配り、事務作業をこなした。


「直也君、先にお昼食べてきていいかな?今日は朝食べてなくてな。」
一緒に仕事をしている清水さんを、どうぞ、の一言で見送った。

正直な所、仕事はさほどないので、島のHPを作ったり警察官のように巡回をしたりする。
郵便局員は清水さんと二人で、後の島の人はほとんどが漁に携わっている。
駐在所はあるものの、今は1人も警察官はおらず、病院もない。
まぁ近くの島まで船で30分なんでそこまで不便でもない。
野菜など、島では手に入らないものは、みんなの注文を聞いて、一まとめにして注文する。
その作業も俺がやっていて、朝は皆が紙に欲しい物を書いて郵便局に持ってくる。
それを数えて、その後インターネットを使って店に注文して取りにいく。


『ガーッ』
「いらっしゃいませ。」
パソコンの画面から視線を外すと、朝に会った彼女がそこにいた。
「すいません、来ちゃいました。」
笑顔だが、少し疲れた顔をしているように見えた。
「どうしました?道が分からなくなりましたか?」
「あ、道は大丈夫です。そんなに広いわけでもなかったので。」
「あ、どうぞ掛けてください。朝とはいえ、気温が高いのでお疲れでしょう?」
クーラーの良く当たりそうな席を勧めて、彼女はそこに座り、足元に荷物を置いた。


「島は気に入ってもらえましたか?」
「はい!砂浜も綺麗だし、海も綺麗でした。島の人々も声をかけてくれて、温かい感じでしたし。」
「そうですか。気に入ってもらえたようで。そういえば、今回は何の旅なんですか?
大きなノートをお持ちですので絵を描きにいらっしゃったんですか?」
「あ、これは趣味なんですけど、アルバイトでお金を貯めて、一年に何度か旅行をするんです。 それで、気に入った場所で一枚絵を描いていこうと思って持ってきました。旅行の目的は、私の中 で、一番好きな場所を探してるんです。それで、今回は南に行こうと思って。」
「へー、そうなんですか。ではそれなりに滞在する計画でいらっしゃるということでしょうか?」
「あ、そのことなんですが・・・。実はあんまりお金がなくて・・・。」
「安い宿を探している、とそういうことですね。」
「はい。それと、できたら短期のアルバイトも。何かありませんか?」
「んー・・・そうですね。アルバイトは、新聞配達が一番だと思いますが。何せ、あまり仕事が ないのであそこくらいじゃないかと思います、短期のアルバイトは。宿は・・・予算はどの程度 かお伺いしない事には判断できませんが。」
「一番嬉しいのは住み込みのバイトだったんですけど、えっと、3万ちょっとで1ヶ月滞在したい んです。・・・やっぱ無理・・・ですか?」
「そうですね・・・。ちょっと待って頂けますか?」


なんとなくこの子が気に入ったのが心境だった。
今まで、人を見る目が悪いとは思った事はない。
雰囲気は良さそうだし、悪い子ではなさそうだ。
何より、自分と同じように何かを探しているように感じて、赤の他人とは思えなかった。


俺は、近くの電話の受話器を取って、電話をかけた。

「もしもし。」
「あ、もしもし良さん?直也です。」
「おぅ。昼飯はもうすぐできるからな。仕事きりがついたら家にこいよ。」
「はい。・・・じゃなくて、一つお願いしたい事があるんですが。」
「ん。何かあったか?」
「実は、一人、1ヶ月間だけ泊めたい人がいるんです。」
「友達かなんかか?」
「はい。今日の船で来たんですけど。なんせ突然来たので。」
「まぁいいだろ。孝も反対なんてしないだろうしな。ただ、飯代と雑用は、お前と同じように やらせるからな。それは言っておけよ。」
「うん。わかった。ありがと、良さん。じゃあ清水さん帰ってきたら友達と一緒にそっちに行くよ。」
そう言って受話器をおいた。


「なんとなく会話聞いてて分かった・・・かな。」
「はい。なんとなく。その・・・ありがとうございます。」
「60も過ぎたおじさんの良さん、孝さんはいいとして、俺、じゃなくて私とも一緒に住む事に なりますが、本当にそれでいいのですか?断るなら今ですよ。」

言い終わった後、俺は彼女の目を見た。
なぜか、初めて会った気のしない彼女の目を。
上を向いたり、下を向いたり。
時折足元を見て、手を動かしたりしている。
(まぁ無理もない。どこの誰かも分からない男と一緒の家に住むってんだから)
彼女には分からないくらいの小さなため息をついて、再び彼女の顔を見た。
その時、彼女と目が合った。
その後、ニコっと笑顔を見せてくれた。
「分かりました。私、信用します、直也さんの事。話を聞いてる感じでは、悪い方ではない ようですので。ですので、ご迷惑をかけますが、1ヶ月程よろしくお願いします。」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。



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