第1話 踏みしめる雪道を・・・


「すいません。」
俺は、学校の中央玄関を抜け、入ってすぐ左にある庶務室に入った。
「・・・君は?」
少し頭のハゲた男性が、書類から目を離し、体半分をこちらへと向けた。
一瞬睨まれた気がして、威圧されてしまった。
「えっと、今日転入する事になってます、高橋恭太です。どうしていいのか分からなくて。」
「あー、伺っているよ。高橋君だね。ちょっと、待っててくれるかな?」
さっきの顔とは180度回転したような、穏やかな近所のおじさん、といった表情になった。
「えーっと、君のクラスは2組・・・だな。担任の先生は青山先生だ。これから紹介してあげるからね。」
その男性の後をついて、再び冷えた廊下に飛び出した。


「職員室は、ここの校舎の2階だ。こっちは本館と言うのだけどね、こっちは職員室であったりといった、特別教室しか ないんだ。もちろん、図書館もそうだし、お世話にならない人がほとんどの生徒指導室なんてものも、ここの校舎だよ。」
話を適当に聞きながら、中庭らしきスペースに立つ松の木らしきものを見ながら、ただ黙々と情報を集めていた。
「多分、1週間もすれば、大体の教室や学校のシステムも分かるだろう。」
男性が立ち止まった。
「一応校風でね。職員室に入る時は、失礼します。出るときは失礼しました、というのが規則だからね。別に破ったって 罰があるわけじゃないけど、こういうのに厳しい先生がいるから、一応気をつけておいたほうがいいだろうね。」
男はドアを開け、
「失礼します。」
と、やや大きい声で入った。
俺は、さすがに控えめな声で「失礼します。」と言い、男の後ろを付いて歩いた。
「青山先生。」
そこには、明らかに『教師』という職を、ただ黙々とこなしているかのような、覇気のない中年の男性が座っていた。
「この人が青山先生だ。」
「初めまして。高橋恭太です。これから、よろしくお願いします。」
軽く頭を下げてはみたが、この人の態度に変化はなかった。
「まぁ、のんびりとやりなさい。問題さえ起こさなければ、私から何か言うつもりはないから。」
名簿と、何かのプリントを持ち、俺の視線にも興味を見せず、ただ黙々と歩いていった。
とりあえず、青山先生について歩いていった。



「教室は、北館の3階だから。」
先生が俺に対して話したのは、たったこの一言であった。
(なんか、変な学校だな。)
前に通っていた学校は、先生も熱く、生徒も活気づいていて、毎日学校に来る事が楽しくなるような、絵に描いた ような進学校だったので、同レベルのはずのこの学校の雰囲気には、当分の間、馴染める自信はなかった。
そんな事を思いながら歩いていくと、ふと先生が目の前からいなくなった。
見上げると、そこには1年2組と書かれたプレートがあった。
教室に入るのかどうか迷いながら、入り口近くで立ち止まっていると、教室から歓喜の声らしきものが聞こえてきた。
「高橋君、入ってきなさい。」
先生は、誰一人静かにしていない教室へ、俺を招いた。
男は、残念がっているようだが、誰もが『転入生』という独特な人間を観察しているようだった。
「じゃあ自己紹介して。」
先生は、チョークで俺の名前を黒板に書いていた。
急に静かになれるのは、やはり優等な学校であるということなのだろうか。
(逆に言いにくいな・・・。)
一つ深呼吸して、少し大きい声で話し始めた。
「高橋恭太です。東京から、親の転勤ということで、岐阜へ来ました。分からない事だらけですが、これからよろしく お願いします。」
静かな教室に、俺の声だけが響いていた。
「高橋君は、東京のどの辺りに住んでたんですか?」
席の真ん中の辺りに座っていた女の子が、静寂を破ってきた。
「あ、八王子です。東京と言っても田舎な方ですよ。」
「東京の女って、可愛いの?」
今度は窓側の男が立ち上がった。
「それってどういうことぉ?」
「いやぁ〜。俺の魅力は東京みたいな都会じゃねぇと映えないんだよねー。」
「モテないからって、そんな言い訳するなよー。」
「まぁそうなんだけどー。って、うるせぇ!」
「おー。いつの間にノリツッコミできるようになったんだ?」
・・・所在のなさを感じた。


「高橋君。」
小声で、丁度俺の前に座っていた女の子が、軽く身を乗り出した。
「基本的に皆イイ奴ばっかりだから、気楽にいけばいいよ。」
「ゆっかちゃ〜ん!高橋君が好みだからって、抜け駆けは良くないよーぉ?」
さっきから叫んでいた、チャラチャラした感じの男が、こっちに気がついたらしい。
「うっさいわね!あんたなんかにファーストネーム呼ばれたかないわよ。」
ギャーギャーと騒がしい教室。
「・・・皆静かに。」
・・・初めて、担任が注意をした。
やっぱり耐えられなかったのか?
「席なんだが、君は視力は大丈夫かね?」
「大丈夫です。」
一番後ろの席を指差されたので、俺は、その空いている席へと向かった。
「先生ー。」
さっき、俺に話しかけてくれた女の子が立ち上がった。
「せっかくだから、席換えしませんか?」
「お!良い事いうじゃんか、裕香ちゃん。」
「だから、あんたに呼ばれたくないって言ってるでしょ。」
先生はめんどくさそうに、机の中からA4サイズのプリントを数枚出した。
「これでクジを作りなさい。1限は私の教科だから、その時間に席換えしましょう。」
その一言で、クラスの皆は歓声を上げた。
(・・・えっと、どうすればいいのかな。)
先生は教室から出て行ってしまったし、クラスメイトは、それぞれが雑談に花を咲かせていた。


「高橋君。いきなりでごめんだけど。」
さっき声をかけてくれた子が、プリントを1枚、俺に差し出した。
「クジ作るの、手伝ってくれる?」
穏やかな笑顔に、一瞬心ときめかせながら、表向きはポーカーフェイスを作って、軽く頷いた。
「裕香。私達も手伝うよ。」
彼女の席に、2人の女が集まってきた。
「高橋君ごめんね。いきなり雑用させちゃって。」
「いや、大丈夫。むしろ所在のなさを感じてて、困ってたくらいだから。」
彼女の右側にいた、髪に軽く茶色の入った女の子が、プリントを手に取りながら話かけてくれた。
「そう言ってもらえると助かるよ。優しいんだね。」
裕香と呼ばれている子よりも、ずっと人当たりのよさそうな感じの子だな。
「あ、自己紹介遅れたね。私は平本亜矢。んで、さっきから抜け駆けしてるのが」
「そんなつもりじゃないって!」
「あはは。そんな慌てなくても大丈夫だよ。芯君がいるもんねー。」
「別にそんな間柄じゃないって!高橋君に、へんな誤解されちゃうじゃんかぁ。」
「あ、やっぱ高橋君が好みなの??」
「じゃなくて・・・。ごめん、あんたに勝てる気はしないわ。」
大きなため息をついている彼女の隣で、平本さんが、ちょっと大きめの声で笑っていた。
「ほら亜矢!自己紹介の途中だよ!」
「あ、そうだった。ごめんね、高橋君。んで、この子が石原裕香。クラス室長だよ。それからこっちが、中谷佳苗。」
「よろしくね。」
「こちらこそ。」
2人に比べると、ずっと穏やかな感じの雰囲気な子だな。
「裕香は、隣のクラスの、芯っていう男の子と付き合っててー。」
「だから、そんなんじゃないって。」
「でも、周りから見るとそんな感じにしか見えないよ。んで、佳苗と私はフリーで〜す。もう、どんどん誘ってね!」
「あ、うん。よろしく。」
「高橋君もフリーなの?」
「お?佳苗も高橋君が好みなの??」
「ん〜。否定しないよ。」
「高橋君!チャンスだよ!佳苗も人気あるんだから、早くしないと取られちゃうよ!」
(ど、どう反応すればいいんだ・・・?)
「ほら亜矢!高橋君困ってるじゃないー。ごめんね、変なノリで。」
「う、うん。頑張ってついていくよ。・・・あ、ちょっとお願いなんだけど、後で職員室の場所、教えてもらっていいかなぁ?」
「うん、いいよ。何か用事があるの?」
「なんか良く分かんないんだけど、昼休みに、担任の先生に来いって言われたからさ。」
「じゃあ、お昼食べたら一緒に行こっか。裕香と亜矢も行く?」
「私は・・・ちょっと用事が・・・。」
「あ、裕香は芯君の所ね。」
「う・・・うん。否定できない・・・けど。」
「亜矢は?」
「私もダメなんだよ。先輩達と会議なんだ。」
「会議?」
「ほら!もうすぐ2月でしょ?アレの準備とか対策とかをね。」
「あれって、準備とか対策とかってあるものなの・・・?まぁいいよ。じゃあ高橋君、2人で行こうか。」
「ん。よろしくね。あ、あと恭太でいいよ。あんまり苗字好きじゃないんだ。」
「恭太君、でいいんだね。じゃあ、私も名前で呼んでくれていいよ。」
「佳苗さん、でいいかな?」
「あはは。さん、なんて付けないでいいよー。呼び捨てでOK!」
「私たちも、呼び捨てでいいよ。」
「急に呼び捨てってのも、ちょっと照れる所だね。俺も、呼び捨てで呼んでくれていいよ。」



その後、俺たちで作ったクジで席替えを行った。
席は、窓際の一番後ろの席。
日当たりも良さそうで、我ながらイイクジ運だなーっと感心してしまう。
「お!俺、転校生の前じゃん!よろしくな、高橋君。俺は、山崎敦也。敦也って呼んでくれればいいよ。」
さっき、ちゃらちゃらしてた、裕香に何度も話かけてた男だった。
「よろしく。俺も、恭太でいいよ。」
「ん。了解ー。にしても、いきなりイイ席でラッキーだよな。おまけに裕香ちゃんいるし。」
そう、俺の隣は裕香。
亜矢は廊下側の席で、佳苗は中央の前の方の席だった。
「・・・もう、裕香って呼ぶのは、100歩譲っていいとして、ちゃん付けはしないでよ。」
「おう!じゃあ裕香って呼び捨てでいいんだな。」
「特別許可よ。」



そんな二人の会話を、何処かうわの空で聞いていた。
初日にしては、あまりにうまくできすぎた1日のような気がしてならなくて、心に少しだけ、不安の雲が覆っていた。




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